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台湾人の口コミと台湾ブロガー文化は、歴史の集積。次の時代に備えを 【台湾文化探索シリーズ】

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こんにちは、LIFE PEPPER の高橋 & 劉 です。
台湾人向けにマーケティングする人にとって欠かせない手法であるブロガーによる口コミ。この源泉である口コミ文化と、台湾のブロガープロモーション史についてまとめました。

台湾人といえばブログは本当か?

「台湾人にはブロガー・口コミ」は思考停止か?

訪日インバウンド、越境 EC でのプロモーションにおいて有効な手法は、口コミの拡散、具体的にはブロガーなどのインフルエンサーというのが一般論になりつつあります。一般論になっている今だからこそ、この手法に関し、改めて考えてみる必要があると思います。

なぜ「ブロガーと口コミ」が有効なのでしょうか?

この問いに答えるために、専門家はあらゆる方法を使います。そして台湾において「ブロガーと口コミ」が有効な手法であるのは間違いありません。ただ、どういう風に、いつからこうなったか。答えられる人は少ないでしょう。

この記事では、ブロガーと口コミについて、過去 2000 年代まで遡り、台湾人にとっての ブロガー = ブログ = 口コミ の正体を探りたいと思います。

ちゃんと定義 。ブロガー = 口コミ

そもそも論になりますが、ブログとは何でしょうか?本記事では一旦、個人が書いて発表する文章のことをブログと言います。
本来のブログは単なる1ユーザーによる口コミ です。それでは、歴史を振り返ってみましょう。

台湾ブログサービスの歴史

2000 年代 ブログサービス誕生

台湾におけるブログサービスの原型は、1996年に台湾の大手 EC サービスPChome が作った「ePaper電子報」と言われています。

そこから「明日報 MyPaper 個人新聞台」という、個人がニュースを投稿するサービスに発展していきました。その後、しばらくブログサービスは発展しません。

2002 年に中国でのブログサービスの人気を受け、ブログという文化が大陸から台湾に入ってきました。

翌年の 2003 年ごろ、台湾に無名小站というサービスが誕生しました。無名小站はもともとネットアルバムサービスだったのですが、その後ブログの機能を追加し、使用者が一気に増加。最盛期には、台湾最大のWEBサービスと呼ばるほどの人気を博し、一時代を築きました。

無名小站の人気を受け、今となっては有名なPIXNET や、その他のブログプラットフォームが数多く誕生。台湾でブログプラットフォームの戦国時代が始まりました。
ただし、新しい時代を作った無名小站はYahoo に買収され、やがて規模を縮小していくことになります。

このように2000 年代の台湾では様々なブログプラットフォームが生まれては消え、自然淘汰されていきました。裏を返すと、それだけ多くの台湾人がブログプラットフォームへ投稿をし、それを見る人がいたということです。当然、数多くの投稿者から優れた人が登場し、ブログ文化を盛り上げていくことになりました。次は、台湾人のブロガーについて触れていきます。

2000 年代台湾ブロガーの誕生


ブログプラットフォームの誕生と並行して生まれた職業。それが今に続く、台湾人プロブロガーです。このプロブロガーがいつ生まれたのか。明確なことはわかりません。なぜ明確な答えがないのか。それは、プロのブロガーの定義が未だにないのと同様です。多くのファンがいることがプロブロガーの一つの定義かもしれませんが。
いずれにしろ、2006 年頃には、すでに今の「台湾ブロガー」の原型は出来上がっていたようです。

ブロガーが記事を書いて報酬をもらう、いわゆる記事広告型の文化が、多くのブロガーと台湾のマーケティング会社で培われていました。そしてブログによるプロモーションは、瞬く間に台湾における有効なマーケティング手法として注目されていきました。

爆発的にブロガーの数が増えるのは、もう少し後。いよいよ2010 年代に差し掛かります。

2010 年代 前半ブロガーの隆盛と SNS の登場


2013年に入り、PIXNET は所属のブロガーたちへ、報酬付きの広告である「MIB部落格収益」を開始しました。

これは記事の人気度合いによりブロガーが報酬を手にすることができるアフィリエイトモデルでの報酬支払いシステムです。

この仕組みにより、PIXNET 上でブログを書く人達が爆発的に増え、一躍 PIXNET が人気のプラットフォームになりました。
そこから PIXNET 上で様々なプロブロガーが自分の個性のもとに、様々な情報を発信していきました。台湾人の消費者は、日々発信されるブログ情報で情報収集し、意思決定を下していました。

プロブロガーの発展の歴史を語る上で欠かすことができないのがブログを拡散する「Facebook」です。台湾は、世界で一番Facebook を利用する国として知られていますが、そのきっかけは、 2008 年頃に流行した「開心農場」というソーシャルゲームです。多くの台湾人はこの開心農場をプレイしたかったので、Facebook を始めました。


開心農場

なぜプロブロガーの発展の歴史にFacebook が欠かせないか?理由は、爆発的に増加したブロガー間に競争が生まれたからです。
プロブロガーの競争に、より多くの人に見られる「拡散」の概念が生まれ、そのニーズに Facebook がぴったりマッチしました。これが数年続いた結果、台湾ブロガーの記事広告フォーマットは、ブログ記事 + Facebook での拡散になりました。

Facebook での拡散の結果、台湾人消費者は、ブログを愛し、瞬く間に文化として定着しました。ブロガーも台湾人消費者の気持ちやニーズを理解するように努め、コンテンツを日々昇華させていきました。ファンと消費者、それぞれで作り上げる文化。それが台湾におけるブログです。

このようにして、台湾人にとってのブログは生活に欠かせないものになりました。どれほど欠かせないかというと、再三申し上げている通り、例えば飲食店、ホテルでは「検索結果のブログの有無」がその店の人気を左右するほどです。

余談ですが、それゆえに本来ブログは、検索結果上の数で勝負する性質も重要なのです。しかし、多くの日本企業はフォロワー数やブログの PV しか見ない。
まとめると、日本企業/日本の地域は、ブロガーの個に依存するのではなく、いかにブログが勝手に作られるか = ブロガーが訪れてくれるか = 口コミ記事が勝手に増える仕組みを構築するかに注力するべきです。

2010 年代 後半 ブロガーの脱 PIXNET と”訪日”ブーム

「MIB部落格収益」の登場により、PIXNETは一躍人気ブログプラットフォームの頂点に上り詰めました。しかしその裏で人気のブロガー達は不満を募らせていました。PIXNET は、Google AdSense を適用できなかったからです。

多くのブロガーが、PIXNET に Google AdSense を適用するように交渉しました。しかし、PIXNET 側は独自収益である「MIB部落格収益」を使うようにと主張を続けました。結果、この交渉は双方物別れに終わり、多くのブロガーが独自ドメインを取得。脱 PIXNET の機運が高まりました。

その他、ブロガーの独自ドメイン化を促進したものに、海外の OTA サイトのフィリエイトシステムがあります。「Agoda」や「Hotels Combined」「Klook」などジャンルを問わない様々な OTA サイトがブロガー向けに独自のアフィリエイトプログラムを提供。ブロガーは自分の旅行体験でさらにお金を稼げるようになりました。

この裏で、さらに台湾人ブロガーの活動に大きな影響を及ぼす変化が起きました。

それは、日本による「訪日インバウンドブーム」です。2015年ごろから、日本企業からの依頼が台湾ブロガーに届くようになりました。その結果、どういうことが起こったか?

相場や現地の慣習を知らない日本の企業が、台湾ブロガーの言い値で報酬を支払う事態や、そもそもの案件数の増により、台湾ブロガーの収入額がさらに増えました。一見、ブロガーの収入が増えたことは、良いことのように感じるでしょう。
しかし、実はこれが台湾人のブログ文化に大きな影響を与えていました。

最初にして最大の問題は、日本企業が日本の仕事の進め方・文化を台湾ブロガーに押し付けたことでしょう。これにより「台湾ブロガーのエージェント企業の誕生」と「記事の質の低下」が発生しました。

一つ一つ見ていきましょう。

台湾ブロガーのエージェント企業の誕生

突然ですが、台湾ブロガーはほとんど全員が個人事業主です。これは今でも変わっていません。それゆえに企業とのやりとり、記事制作、自らのファンの管理、報酬の決定などはすべて本人に決定権があります。ゆえに多くの良心のある日本の代理店は「囲い込んでいる」という表現を使い、「契約している」とは書かないのです。もしそんな書かれ方をしているのを台湾ブロガーが知ったら、ブロガーは怒るでしょう。

そんな台湾ブロガーは、日本企業との連絡のやりとりに悩んでいます。
特に悩むポイントは「記事の修正が多い」「記事の戻しが遅い」「大人数の取材立会い」「突然の価格のディスカウント」」の4点で、いずれも台湾ブロガーにとっては悩みの種です。

これらは文化の違いからくるもののため、解決が難しく、台湾ブロガーは「連絡を代行してくれるエージェント」に頼ることになりました。

そして、これらのエージェントが入ることによって価格の高騰が発生しています。これが日本企業が台湾ブロガーに依頼したことにより発生した問題その1です。ただし、エージェントが入ることにより、ブロガーが記事の執筆に集中でき、質が上がる場合もあります。優良なエージェントも多く存在することも否定しません。

記事の質と、読者からの信頼の低下

次に、記事の質の低下に触れます。なぜ日本企業からの依頼が多くなると記事が低下するのか?

理由は「日本人目線での修正依頼」です。

台湾では基本的にブロガーの記事や、記事中の仕掛けはブロガーが自由に書けるようになっています。それゆえに、事実誤認以外の修正は発生しにくいようになっています。

ただ、日本の常識ではそんなことは許されません。私の目から見ると重箱のスミをつつくような表現ぶりの修正まで行うことにより、もっとも大切にするべきブロガーのキャラクターが消されてしまい、記事の質が低下してしまいました。

そして、その記事の質の低下は台湾人消費者に気づかれます。徐々に「ブログは信じられない」という声が聞かれるようになり、今までブログ一択だった台湾人の情報収集手段が多様化。今の多様な手段で情報収集を行う台湾人に変化を遂げました。
(もちろん、台湾人の情報収集手段の変化は、個人の SNS の発展、力のあるメディアの台頭、掲示板サイトの進化 など様々な要因が絡んでます、)

まとめると、日本企業からの記事広告の依頼が多く発生し、多くのブロガーが、自分のイメージに合わない記事を発信せざるをえなくなった。言い換えると、台湾人にとって魅力的ではない記事が量産されました。その結果、何が起きたか?

今までご覧いただいたとおり、台湾のプロブロガーは消費者に寄り添う形で発展してきました。その媒体が、台湾人消費者の目線を理解していない日本企業の意向で記事を書かざるを得なくなる。これまで台湾人の読者に寄り添いながら公開してきたブロガーに変化が生じ始めました。

そして今 台湾ブロガーマーケティング最前線

色々書きましたが、2018 年末現在、まだ台湾向けのブログ施策は有効です。
ただし、多くのTOP ブロガーは生き残りをかけ、新たな取り組みを開始しています。Youtuber に挑戦する人、個人輸入業を強化する人、自分の EC を始める人 など、各人が自分の得意な領域で挑戦を続けています。

2019 年以降、今までプロのブロガーとして活躍してきた方々がどうやって生き残っていくのか。その動向から目を離せません。

そして、多くの方が一番気になる「今の時代、台湾ブロガーでどうやって成果を出すのか」に関して少しだけ書きます。
今の時代におけるブロガーの成功の方程式は、信じられる/効果を出せるブロガーの情報をどれだけ持っているのかと、いかに戦略的にブロガーを起用することができるか です。気になる方は高橋も登壇する弊社開催のイベント 「イマラボ」にご参加くださいませ。

https://lifepepper01.peatix.com/view

まとめ:台湾人にとって口コミ文化とは何か?

台湾人にとってのブログは、2000 年代の文化の集積

ここまで台湾におけるブログ文化、台湾ブロガーに関してまとめました。おそらくこのように過去の歴史から振り返ってまとめている記事は、これが最初かと思います。

歴史をご覧いただくと理解しやすいかと思いますが、台湾人にとってのブログは ”文化” であり、「なぜ台湾人がブログを見るのか」は、日本人には想像しにくいということです。
一つ言えるのは、日本人は世界中が日本と同じように便利だと思って生きてます。しかし、他国には他国の文化があります。台湾人は、ブログをよく見るのではなく、信頼に足る媒体がブログしかないからブログを見るしかなかった に近いです。

そんな中無理やり「日本でいうとアメブロ〜」などの説明で日本の常識に当てはめ、理解しようとしているのが今です。様々な有効な情報収集手段のある日本と台湾を一緒に考えてしまう。それが本当の思考停止だと私は考えています。

これから台湾向けに施策を検討される全ての企業は、台湾人の消費者と向き合い、本当に効果のある情報収集手段でプロモーション戦略を議論し、効果を出していかなければなりません。

日本が本当の意味で世界の一員になる

本記事では台湾人ブロガーの歴史をご覧いただきましたが、いかがでしたか?
本調査は劉と高橋で全力で行いましたが、”言えることと言えないこと” があることや、事実を調べきれなかったことをご容赦いただきたいです。

”歴史をまとめるよりも、変化したほうが早い”

そう言わんばかりに、台湾は圧倒的なスピードで変化が起きていることを感じながら、まともな文献もない中、色々な方に聞き取りながら本記事を執筆しました。

2015 年からの変化は、日本と台湾の距離が近づきすぎたことでおきました。
これは実はとてもいいことで、こうやって少しづつですが、日本は色々な国に影響を与えながら、本当の意味で世界の一員になっていくのだと私は考えています。
これからも台湾人の文化は緩やかに、けどものすごいスピードで変化し続けるでしょう。
変わっていく台湾に対し、日本がいい形であれ悪い形であれ、関わって行ける距離感にいたいですね。

次回の台湾文化探索シリーズは、WEBサービス編になると思います。台湾における企業が発信している情報の変化、具体的には口コミサイト、掲示板サイト、WEBメディア などの歴史から、台湾向けの有効なプロモーションについて深掘りをしていきます。

ほかにも台湾現地でのアフィリエイトの歴史、EC の歴史もご要望いただくことが多いので、順次公開していきたいと思います。

ここまで長文にお付き合いいただきありがとうございました。


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